ハイジ(廃寺)とメイジ(明治)~発掘調査からみ廃仏毀釈と明治維新~
あの時から150年。平成も、そして次の時代もそこに在り続ける。
 王政復古の大号令後に成立した新政府が1868年(慶応4年)に発令した「神仏分離令」によって、“神”と“仏”、“神道”と“仏教”、“神社”と“寺院”は、別個のものとして明確に区別されることになりました。その一連の流れの中で、寺院・仏具・仏像等の破壊、いわゆる“廃仏毀釈”が日本各地でまき起こりました。そして、薩摩藩では1869年(明治2年)までに、藩内全ての寺院(1,066ヶ寺)が廃寺となり、全ての僧(2,964人)が還俗する事になったのです。
 今回の特別企画展では、寺院跡の発掘調査成果の展示を通して、“地中”に埋もれていた遺構や遺物にスポットを当て、発掘調査により判明した当時の様子を紹介します。また、寺院が存在していた当時の姿を描いた絵図パネルと寺院跡の現状の写真パネル展示を通して、残骸を“地上”に留めた寺院跡の姿と往時の頃と比較し、各寺院の沿革などを紹介します。
“メイジ(明治)”前後に“ハイジ(廃寺)”となった寺院跡のこれからを見つめる企画展です。

出土品

薩摩一の大寺・福昌寺跡の発掘調査成果 本府における寺院跡の発掘調査成果
藩内一の規模を誇った福昌寺跡(鹿児島市池之上町)の発掘調査では、往時の構造を推定できる調査成果が数多く得られています。鹿児島市教育委員会文化財課がまとめた島津家墓所の発掘調査成果と合わせて、薩摩一の大寺の姿に迫ります。 鹿児島市には福昌寺を含め、規模男大きな寺院が集中していました。ここでは、藩内第二の規模を誇った大乗院跡(鹿児島市稲荷町)や鹿児島中央駅西側の山手に広がっていた寿国寺跡(鹿児島市武一丁目)等の出土品を展示します。
薩摩の内と外
~鹿児島・宮崎の発掘調査成果~
“往時の寺”と“近時の寺跡”
~「三国名勝図会」と現在の写真の比較~
明治の廃仏毀釈では、薩摩藩の寺院1066ヶ寺が廃され、その余波は隣接する他藩にも及んだと言われています。藩内各所で行われた代表的な寺院跡、および宮崎市・曽井第2遺跡(飫肥藩・瑞雲寺跡と推定)の発掘調査成果を紹介します。 江戸時代の薩摩の地誌である「三国名勝図会」には、往時の頃の寺院の姿が描かれています。これらの寺院があった場所は現在どうなっているのか。明治を迎え、どうなっていたのか。現在まで地元で大切にされてきた寺院跡のそれぞれの歴史を、写真と絵図を使い紹介します。
日 時
2018年11月1日(木)~2019年1月14日(月・祝)
開館時間
午前9時~午後5時
※休館日は月曜日(休日の場合は翌平日)12/29~1/1
観覧料
無料(ただし、常設展示は、小・中学生150円、高校生以上300円)
関連イベント
展示説明会
11/4(日)、12/2(日)、1/6(日) 全て13:30~
会場:ふるさと考古歴史館 企画展示室
特別企画展関連講座
会場:ふるさと考古歴史館 視聴覚室
応募方法:事前予約(定員50名)
 ◆テーマ「福昌寺と南林寺の創建と再興」
  11/17(土) 13:30~15:00
  講師:秋吉 龍敏氏(西郷南洲顕彰館専門委員)
 ◆テーマ「発掘調査と“三国名勝図会”からみる廃仏毀釈」
  1/12(土) 13:30~14:30
  講師:中村 友昭(当館学芸員)
交通案内
●JR指宿枕崎線「慈眼寺」駅より徒歩20分
●慈眼寺公園前バス停留所より徒歩15分
●谷山インターより車で10分
●鹿児島市コミュニティバスあいばす(日曜日は運休) ふるさと考古歴史館前下車
主催・お問合せ
鹿児島市/鹿児島市教育委員会
問い合わせ:鹿児島市立ふるさと考古歴史館 ☎099-266-0696